8話 スワーレイド城


 朝から天気は快晴で、空気が澄んでいるのか、空の青さが深かった。
 大通りは朝の喧噪に包まれていて、行き交う馬車が上手にすれ違っていた。馬の蹄の音が心地よいリズムを刻んでいる。
 道路と歩道の間には、冬の風物詩ともいえる雪山が築かれていて、子どもが作った雪だるまがたくさん並んでいた。

 町並みは、ビルがないだけで、ほとんどが現代風の二階建て仕様の建物だった。それぞれ一階部分が店舗になっていて、朝採れた新鮮な野菜を売る店や、湖で捕れた魚などを売る店をはじめ、様々な商店が軒を連ねていた。
 ここに車が走っていたとしても、違和感がない景色だった。

「アツシさん、昨晩はよく眠れましたか?」
 前を歩いていたタカヒロさんが、右手に持っていた鞄を逆手に持ち替えながら聞いてきた。紺色のスーツがよく似合っている。……これは、サラリーマンスタイル? 周りも似たような服装が多い……ぞ?

 違和感の無い違和感に、目が回り出した。
 昨日は動転していて気づかなかったのだが、行き交う人々の人種が多種多様だった。黒髪赤目の魔人を始めとして、エルフにドワーフ、竜人、鬼人などが思い思いに生活している街は、まさにファンタジー世界の街だった。
 歩きながら感動していると、脇腹を夏梛につつかれた。

「街の景色が珍しいのですか?」
「ああ、すみません……。
 いままで人間しか見たことがなかったので、びっくりしていただけです。
 昨日は、おかげで家族三人しっかりと休むことができました」
 桃華と夏梛も頭を下げた。

 結局、魔法が使えなくて、悔しいまま就寝したのだけど、明かりを消したとたんに意識が落ちた。
 ハードな一日だったから想像以上に疲れていたのだろうか。しばらくぶりに、夜中に起きずに寝ることができた。


「そうですか、妻も心配していましたから、疲れがとれたようでしたら、一安心しました。
 今日お城の方で移民手続きをするのですが、事務処理にどうしても二、三日はかかってしまいます。
 その間は国営の宿泊施設が無料で利用できるのですが……もしよろしければ、我が家で引き続き泊まりませんか?」
「……いいのですか?」
 タカヒロさんの言葉に篤紫と桃華は驚いて足を止めてしまった。

「ええ。これについてはユリネと義母のシズカからも話を持ちかけられていますので、ご迷惑でなければぜひ。
 一番、言っていたのは、実はカレラなんですがね」
 そう言うと、タカヒロさんは気恥ずかしいのか苦笑いをした。

「よほど、カナちゃんと遊べたのが楽しかったのでしょうね。
 魔族は総じて寿命が長いせいか、出生率が非常に低いのですよ。そのせいか、カレラの年齢に近い子どもがまわりにいなくて寂しい思いをさせていたようで……」
「おとうさん、あたしもカレラちゃんと一緒にいたい」
「篤紫さん……」
「タカヒロさん、こちらこそご迷惑でなければ少しの間、お世話になります」
「はい、カレラも喜びますよ」
 篤紫の言葉に、タカヒロは安堵したような笑顔を浮かべた。




 お城は奇妙な建物だった。
 街で一番大きな建物で、木造の三階建て、長方形の建物だった。地方の市役所規模の建物といえばイメージしやすいかもしれない。
 そこまでならば問題なかった。

 屋上に当たる部分に、小ぶりではあるが日本のお城が建っていた。
 白漆喰の壁に緑色の瓦、シャチホコは当然ながら金色だ。二階建てのそのお城は、ものすごい存在感を放っていた。


 上を見上げたまま固まっていると、夏梛に手を引っ張られた。隣で桃華も同じように手を引っ張られている。
「おとうさん、おかあさん……タカヒロおじさん待ってるから、早く行かなきゃだよ」
 見れば数メートル先の入り口の前でタカヒロさんが待っていた。



 お城の中は、市役所だった。いや……国の中枢であるから国役所?
 中の作りはまさに記憶にある市役所だった。目的別に区切られた様々な窓口があり、中でたくさんの人が仕事をしていた。
 天井から吊されたプレートには、その窓口がどの部署であるのか書かれている、日本語で。

 そう、文字は馴染みのある日本語だった。
 漢字に平仮名、カタカナで書かれたプレートもある。
 つまり話している言語も、日本語であることが確定した。よくある謎の言語スキルで変換されていたものではない。
 


「あら、タナカさん、今日はお休みの日じゃなかったのですか?」
 国民課と書かれたプレートの窓口に案内されると、中の受付嬢が声を掛けてきた。
「おはようございます、モリモトさん。いえ、今日はお休みの日ですよ。
 こちらのシロサキさん家族の移民手続きに来ました。手続きする部屋の使用許可をお願いします。我が家の客人なので、私が手続きをしますのでよろしくお願いします」
「わかりました。それでは201室を使えるようにしますね」

 受付嬢は後ろの棚からカードを取り出すと、手元の石版にかざした。カードが淡く発光する。それをタカヒロさんに手渡した。
「ありがとう。
 ところで、魔王はいますか?」
「魔王でしたら、おそらく魔王城で執務中ですね。先ほど篭いっぱいのお菓子を持って上がっていきましたから、通常通りかと」


 魔王……だと?

 篤紫の背筋に戦慄が走った。
 冷たい汗が、身体全体に流れ出した。

 この世界には魔王がいるのか、街が平和に見えていたがどうやら表の顔のようだ。まさか、腹の中に誘い込まれるなんて思っててもいなかった。

 そっと周りを伺う……。

 国役場では、街中と同じように様々な種族が仕事をしている。見かけ上は何も問題がないように見える。
 和気藹々としている。
 きっとこれは表の顔なのだろう、何が起きてもいいように心の中で身構える。今のところ何かが起きる様子はないが……。

「おとうさん?」
 夏梛が怪訝そうな顔で覗き込んできた。
 手を掲げて何も問題ないことをアピールする。
「大丈夫だ、何があってもおまえたち二人は必ず守る」
「お……おとうさん?」

 未だに何もしてこないか……。
 警戒を一段階上げる。
「篤紫さん……いったい、何をしているのかしら?」
 桃華まで眉間にしわを寄せて、首をかしげてきた。

 なにをのんきに構えている、桃華。魔王だぞ、魔王。世界に恐怖を振りまき、極悪非道の限りを尽くして世界を闇に落とす、魔王!
 油断してる間に、魔界にでも迷い込んでしまったのか……。
 ……ちくしょう。

「あ、タナカさん来てたんだ、ちょうどよかった」
「メイルランテ魔王、明日の会議の予定が変更になりましたので、ソウルメモリーのタッチをお願いします」
 声に振り返るとそこには、黄緑色の髪の幼女がいた。耳が尖っていることからエルフなのだろう。 だが背丈がカナとほぼ一緒だ。
 少し崩して着ている白のフォーマルスーツが、魔王のイメージと合わない。

「えーっ、お昼の時間にだけは被らせないでよね。明日の日替わり定食は、コッカトリスの唐揚げなんだから。
 それよりモモリンゴのジュースが西門のお店に入荷したみたいだから、城のみんなの分、確保しておいてほしいな。この季節だと、モモリンゴはコマイナ遺跡の都市中央付近でしか採取できないんだから」
「分かりました、アウレスさんの所ですね。あとで連絡をしておきます」
そう言いながら、お互いのソウルメモリー端末――どちらも黒曜石のプレートだ――を掲げて重ねた。

 しかし……この娘が……魔王?

 警戒を二段階跳ね上げた。
 これは有名なロリ魔王だろう。

 やばい……やばいぞ! まさかここで遭遇するとは。

 この至近距離で闇の大魔法を使われたら、何もできない。
 周りを見回す。そうか、この明るささえも偽装なのか!
 明るくすることで、闇を隠しているに違いない。

 暴走する篤紫。
 桃華と夏梛を背後に移動させた。戸惑い、呆れる二人。
 
 すかさず、タカヒロさんの指摘が入る。
「……アツシさん、何か勘違いされていませんか?
 魔王にかなり敏感に反応しているようですが、魔王は10年交替の、ただの役職ですよ」

 なん……だと……?

 篤紫は膝から崩れ落ちた。
 目から汗が出てくる。頭が真っ白になった。

 できることなら、数分前の自分を殴りたい………。