84話 緊急事態


 記憶に懐かしい名前に、篤紫と桃華が固まっていると、プチデーモンの少年少女達が次々に意識を戻し始めた。

「鳴海麗奈……なのか?」
 未だに眠っているメルフェレアーナのそばに膝をついて、篤紫はその顔をじっと見つめた。
 あらためて言われてみれば、そんな面影がある。前に顔を見たのは、祖母の葬儀の時だったか。でもあの時はまだ、麗奈は小学生、ちょうど今の夏梛と同じくらいだった。

「鳴海麗奈……言われてみれば、妹の面影があるわね。
 でも、本人が言わないのなら、気にしない方がいいわね」
「それでも、こうやって世界が変わっても、生きていてくれたなら、それだけで十分だよ」
「そうね、妹も最後まで案じていたから。でも、これで安心してもらえると思うわ」
 桃華は本当にいとおしそうに、眠るメルフェレアーナの頭を撫でた。桃華の妹の娘なら、本当に自分たちの娘みたいなものか。

 メルフェレアーナに、タオルケットを掛ける桃華を尻目に、篤紫は意識を切り替えて、プチデーモンの少年少女達のところに向かった。




 プチデーモンの少年少女達が飲んだポーションは、篤紫が飲んだものと一緒だったのか、すさまじい効果を発揮していた。
 傷が塞がっただけならまだしも、ある少女はここに来るまでに、何かに挟まれて切断されたのだろう、欠損していた膝から先が、みるみるうちに生えてきた。

 意識が覚醒した彼女が、近くの少年に抱きついて大泣きしたのは、ある意味自然のことだった。その少年でさえ、着ている服の抉れ具合から、尋常じゃ無い怪我を負っていただろう事がわかる。

「あの……」
 この娘は、一番最初に起きてメルフェレアーナの名前を呼んだ娘か。ちょうど目の前、紫色の髪の間から左右に二本、綺麗な巻角が生えている。背丈は、夏梛と同じくらいだろうか、篤紫は少し視線を落とした。

「体には、不調とかないかな? 間に合ったようで、よかった」
「あ、その……」
 かけられた言葉が予想外だったのか、驚いて両手を口に当てている。

「私たちを見て、その……怖くないのですか?」
 魔法で隠していたのだろう、空間が揺らぐと、少女の背中に一対の翼が顕れた。絵に描いたような、悪魔。篤紫は下唇をキッと噛んだ。
 この娘も、それを言うのか――。

 メルフェレアーナがわざわざここに、プチデーモンの少年少女達をかくまっているのは、恐らくまた人間族絡みだろう。
 恐れ、迫害された結果、無意識に出でくる言葉――。

 人間族が愚かなのは、やはり地球もナナナシアも変わっていないのか。むしろ、両方とも同じ存在なのかもしれない。全部の人間族が悪では無いのだろうけど、臆病な彼ら人間族は、突然性格が変わるはず。

「大丈夫、怖くないし……俺たちは人間じゃ無い」
 心のどこかで、まだ地球に未練があったのか、自分の発した言葉に胸が締め付けられる。
「そう……なのですか? それでは、鳴海麗奈様のご家族……?」
「ああ、鳴海麗奈――メルフェレアーナは、俺たちの娘だよ」
 はっきりと、少女の目を見て告げた。それを証明するために、体に魔力を漲らせた。恐らくこれで、瞳が赤くなっているはず。
 少女の顔に、安堵の笑みが浮かんだ。

「ああ、やっぱりあの方は、鳴海麗奈様なのですね。
 よかった、救援信号がちゃんと届いたのですね、よかった……」
「はっ……?」

 篤紫は背中に衝撃が走った。
 慌てて桃華を見る。プチデーモンの少年を支えていた桃華は、目を見開いて首を横に振った。

 そもそも、救援信号は受けていない。妖精コマイナからも、一切そんな話は出ていなかった。
 そもそも霊樹エル・フラウで、メルフェレアーナよりも先に救援信号を受け取っていたのだから、妖精コマイナが見落とすはずが無い。

 異常事態――メルフェレアーナは、この施設がソウルコアシステムの根幹だと言っていた。それがここ数日の間に、ちゃんと機能しなくなっている。
 とはいえ、慌てて周りを見回しても何もわからない。

「アツシさん、急いでこっちに来ていただけますか!」
 タカヒロが大声を上げた。そうか、星の石か。
 慌てて駆け寄ると、星の石の端が少し崩れていた。星の輝きが弱くなってきている。さっきの魔道具で、足りないのか?
 あれは、一時間の間に一億は魔力を補充できる魔道具だ。足りないはずが無い。
 プチデーモン達が一斉に振り返った。

「いけないっ、魔力を――」
 プチデーモンの少年少女達が、慌てて駆け寄ってくる。手を触れて、魔力を流し始めた。横になってていた夏梛達も、慌てて駆け寄ってくる。

「南の魔術塔が――」
 さっきの少女が、星の石に魔力を込めながら、篤紫に告げてきた。何か制御が違うのか、輝きが少し戻っている。
「南の魔術塔に、なにか問題が発生しているようなのです。何人も同胞を送っているのですが、連絡が途絶えたままで」
 これは、そういうことなのか。
「どうすれば、南の魔術塔に行けるんだ?」
「えっ……お、おとうさん!」
 意図を察して、夏梛が顔だけ上げて悲鳴を上げる。

「この星の石から、直接転移させることができますが、今の人数だと、たぶん一人しか送れません……」
「だめっ! 絶対に駄目だよ!」
 少女の言葉に、夏梛の悲鳴が重なる。
 篤紫は下唇を噛んだ。夏梛を一瞥すると、顔が絶望で真っ白に染まっていた。夏梛――ごめん。今だけは行かせてくれ。

「頼む、俺を送ってくれ」
「いいのですか?」
「ああ」
 時間が無い。篤紫は急いで、星の石に乗った。
 プチデーモンの少年少女達が、星の石に向かって集中し始めた。白い巻角が、青く輝く。それに反応して、星の石も輝き始める。

「桃華」
「ええ、まかせて」
「夏梛、桃華を頼む」
「……!」
 星の石から、光が真っ直ぐ立ち上がり、篤紫を包み込んだ。

「いやあああぁぁぁ――」
 光が消えると、篤紫が消えていた。夏梛の悲鳴が、部屋に響き渡った。
 恐らく、南の魔術塔に無事転移しているはず。確認できないけれど、いまは信じるしか無かった。

 凶兆は続く。

「ああっ、ほ……星の石が……!」
 全員が見ている前で、罅が広がっていき、一気に砕け散った。破片はさらに細かく崩れていくと、光の粒になって空中に消えていく。
「あっ……」
 ソウルメモリーが、力を失って腰元から床に転がり落ちた。
 全員の動きが止まる。

 夏梛は慌ててスマートフォンを拾い上げて、震える手で画面を点灯させる。アンテナが圏外になっていた。そして、絶対に壊れないはずの画面も割れていた。

「タカヒロさん、これって……」
「ええ、お義父さんが亡くなったときと一緒です。ソウルメモリーが、完全に効果を失っていますね」 
「わたし達が生きていて、それでソウルメモリーが失効したと言うことは、世界中のソウルメモリーも、失効した?」
「そうですね、間違いないはず」
 タカヒロとユリネが、拾い上げた黒曜石板をしばらく眺めたあと、ため息をつきながら鞄にしまい込んだ。

「なんでっ、何でおとうさんに繋がらないのよっ!」
 夏梛がしゃがみ込んで、顔を涙でぐしゃぐしゃに崩していた。必死でスマートフォンを操作するも、切断されたネットワークでは、どこにも繋がらない。
「なんでっ、何でなのよっ――」
「夏梛」
 泣きじゃくる夏梛の後ろから、そっと桃華が腕を回して抱きしめた。
 夏梛の動きが止まる。力を失った手から、スマートフォンが滑り落ちた。

「篤紫さんなら、きっと大丈夫よ」
「嘘よっ! また、あたしの前からいなくなっちゃった。おかあさんの時もそう、またわたしを置いていなくなっちゃった!」
 桃華の腕をふりほどき、桃華をにらみ付けた。

「約束したのに、絶対にいなくならないって、約束したのに!」
「夏梛、聞いて……」
 顔を両手で覆って、その場にしゃがみ込んだ。首を横に振って、大声で泣き始めた。手の隙間から、涙が止めどなく流れる。

 桃華が夏梛の顔まで視線を落として、そっと頭を撫でた。
「篤紫さんは、さようならは言っていないのよ?
 あの目は、絶対に諦めていない。あの篤紫さんが、素直に負けを認めると思うの?」
 夏梛の動きが止まった。
 真っ赤に腫れた目で、桃華を見上げた。
「それじゃ、もともと南の魔術塔に行く予定だった?」
「ええ、間違いなくそうよ。逆に何か理由を見つけて、南の魔術塔に行ったはずよ」
『カタン――』
 少し離れた場所で、物音がした。

「レアーナ、気がついたの――」
「嘘よ! 何で、勝手にいなくなるのよ! 折角見つけた家族なのに……!」
 メルフェレアーナの手から、スマートフォンが滑り落ちた。

 桃華と夏梛が、同時に思った。
 ……それ、さっき夏梛がやったよね?

「行かなきゃ、わたしが助けに行かなきゃ」
 ただ違っていたのは、メルフェレアーナはすぐに動き出したことか。そのまま、階段に向かって駆け出した。
「あ、レアーナ待って!」
「レアーナお姉ちゃん、行っちゃ駄目」
『どわっ――』
 止めるまもなく、出口で誰かにぶつかって、階段を駆け上がっていった。


『なんだよ、メルフェレアーナどこいったんだ?
 それより、この魔道具凄いな、体がすっごく軽くなったぞ』

 そこにはタキシード姿のルルガが、ほおを膨らませて起き上がるところだった。