9話 ソウルメモリー


 隣でメイルランテ魔王に頭を下げている篤紫を見ながら、桃華は大きなため息をついた。
 ときどき篤紫さん思い込みで暴走するのよね。
 昨日はすごく頼もしかったけれど、一旦何かのスイッチが入ると、精神レベルが娘の夏梛と同じ位になるの。親としては微妙な状態だけれど、夏梛視線で見たらすごく楽しそうだから、いつも大目に見ているけれど……。

 メイルランテ魔王は一瞬きょとんとした顔をしていたが、笑顔で手を振って階上に上がって行った。
「それでは手続きをしましょう、部屋は二階なので付いてきたください」
 頷く篤紫に付いて、私と夏梛も階段を上がっていった。



 案内された2階の部屋は、十畳ほどの部屋だった。昨日、入国の際に手続きをした部屋と同じような部屋だ。
 桃華は、篤紫の隣に座った夏梛に続いてタカヒロさんの対面に座った。
 いろいろに手続きに使う部屋なのか、棚に机、椅子など必要最低限のものしか置かれていなかった。
 机の上には大きい、黒曜石のブロックが置かれていた。


「それではまずこのソウルブロックに、ソウルメモリーをかざしてください。このブロックを通して、ソウルコアに移民手続きがされる仕様になっています」
 篤紫と夏梛が、ポケットからスマートフォンを取り出して、ソウルブロックに乗せていた。二人のスマートフォンが一瞬、淡く光った。
 桃華はハンドバッグを開いて……あら? どこに行ったのかしら、私のスマートフォンがないわ……?

 確か昨日の夜、ハンドバッグに入れて寝たはずだけど。
 朝食の時も入れっぱなしだったから、入ったままのはず。電話として使えない以上、わざわざ確認することもしなかった。
 困ったわね……。

「モモカさん、もしかしてソウルメモリーをお探しですか?」
 タカヒロさんが声を掛けてきた。
「ええそうなの、昨日からここから出していないのだけれど。探しても見つからないのよ」
「それでしたら腰のあたりにありませんか?
 ソウルメモリーは体からある程度離れると、腰元の邪魔にならない場所に転移する仕組みになっているのです。
 ちなみに、壊れないので盾にもできますよ」

 ……あら、本当にあるわね。
 桃華は腰元に寄り添うように浮かんでいたスマートフォンを手に取ると、ハンドバッグにそっと入れた。

「まてまて、桃華。そうじゃない。間違ってはいないが、今は違うよ。
 仕舞っちゃ駄目だよ。
 その前にある、ブロックに乗せるんだよ」
 篤紫が慌てて桃華に突っ込んだ。

 まあ……。
 ………。

 ……。
 言われてみれば、そうね。

 顔が赤くなるのが分かった。
 それでも、すまし顔を意識してハンドバッグから取り出したスマートフォンをブロックに乗せた。一瞬淡く発光したが、すぐに元に戻った。
 手にとると、顔認証が働いて画面が点灯する。

「あら……電波が回復しているわね」
 いつの間に電気が復旧したのかしら?
 電波強度を示すアンテナマークが感度最大を示していた。

 流れるように、いつもの携帯ゲームを起動させる。果たして、オープニング画面とともにゲームが始まったので、画面に指を走らせた。何年も慣れ親しんだパズルゲームがはじまり、キャラクターがメロディを奏でて画面の中を踊っていた。

「………え?」
「は? ……何でそのゲームが動くんだ?」
 隣で夏梛が固まっていた。篤紫も驚いて立ち上がった。タカヒロさんでさえも目を見開いて呆然と口を開けていた。
 何がおかしいのかしら……?



 少し考えてから、桃華はアプリを終了させた。
「ごめんなさい、お話の途中ですね」

「「「いや、そこじゃない」」」
 全員に突っ込まれた。
 おかしいわね。



 検証の結果、現時点で端末に入っているアプリが、使えることが判明した。
 当然ながらインターネット環境は無いので、アプリストアは開いても真っ白、ブラウザの閲覧や検索はできなかった。
 ただ、白崎家の三台と自家用車であるオルフェナのナビを含めた四台だけだが、電話とメッセージが使えることが分かった。そしてなぜかインターネット経由でしか動かないはずの、オンライン系ゲームアプリは動く、謎仕様。

 もともと、ソウルメモリーには、スケジューラー機能などいくつかの便利機能は搭載しているようだ。ただ、電話のように離れたところで通信する機能まではないのだとか。


 タカヒロさんは、媒体の特性なのでしょうね、と感心していた。
 本来ならばステータスを表示する機能しか無いらしい。身分証明書は後付け機能なのだという。
 それから、大まかな説明を受けた後、移民手続きはとりあえず終わり、一旦帰宅する運びとなった。 

 桃華はほくほく顔だった。フレンドが3人に減ったものの、いつもランキングの上位を狙っていたゲームだったので、喜びは一押しだ。
 昨日から半ばあきらめていたのだ。


「電話機として使えないとあきらめていたから、まさか使えるようになるとは思わなかったな」
「でもアニメが見られないのは悲しい、昨日の朝の最終回、後でアプリで見ようと思ってたのに」
「ああ……夏梛は毎週早起きして見てたもんな。車で録画できていればよかったけど、そもそも車は森に放置して来たしなぁ……。
 でも使い慣れた端末だから、ここまでの機能でも嬉しいかな」
 階段を下りながら、篤紫と夏梛が興奮していた。

 何とか最低限の生活のめどが立ったので、肩の荷が下りたのか二人とも足取りが軽いようだった。もっとも、次は生きていくために仕事も考えないといけないのでまだまだ気が抜けないのだけれど……。


 ここでの用事が終わったのでタナカさん宅に帰ろうとすると、国民課の受付嬢から声がかかった。
「タナカさん、すみませんが魔王が呼んでいます。少し大丈夫ですか?」
「ええ、あとは帰宅するだけなので。
 申し訳ありません、少し魔王と話をしてきますので、城を出た向かいの喫茶店で待っていていただけませんか?」
 そう言いながら、タカヒロさんは懐から巾着袋を取り出した。
「中にお金が入っているので、通りの向かい側にある喫茶店で、軽食でもとっていてください。そんなに時間はかからないと思いますので」
「分かりました、お言葉に甘えさせてもらいます」
 タカヒロさんは再び階段を上がっていった。


 三人はスワーレイド城前の大通りまで来ていた。頭に雪を乗せた街路樹が、歩道脇に綺麗に並んで植えられていた。
 実はスワーレイド城の周りを含め、湖の周りは湖畔の公園になっている。そのため、城前大通りを渡らないとそもそも建物が無い。景観や建物の配置など、湖を中心に都市が組み立てられている感じだ。
 スワーレイド城前の大通りを渡ると、小綺麗な喫茶店があった。

 タカヒロさんが来たときに分かるように、通り沿いのテラス席に座ることにした。周りがガラスで囲われていて、ストーブの魔道具があるおかげでテラスは暖かかった。

 桃華は、ほっと一息ついた。運ばれてきた紅茶に、砂糖をスプーンに一杯入れる。
 爽やかな紅茶の香りが鼻を抜けていく。

「そういえば、ステータスの見方が分からないわね」
「確かに、探してみるか」
 三人でそれぞれスマートフォンを取る出して、画面を操作した。

「どこにあるんだろう……おぉ、設定の中だな。
 マイデータの項目に細かいステータスが載っている……。
 なん……だ、これは?」
 桃華もマイデータを開いてみた。

名前  白崎 桃華 【モモカ シロサキ】
種族  魔族・メタヒューマン
年齢  38歳
状態  健康
存在値 7778777
生命力 777877700
魔力  777877700
筋力  101
体力  108
精神力 107
知力  125
敏捷  100
器用  150
運   100

 生命力と魔力が恐ろしい数値になっているわ。
 ざっと見た感じ、存在値が生命力と魔力に影響を与えているように見える。それにしても、異常な数値よね。


 三人で見比べたところ、篤紫と夏梛も、存在値は『7778777』だった。魔力より下にある能力値と比べても、生命力と魔力の値は際立って高くなっている。

「この存在値の桁、おかしいんじゃないか?
 一般的な数値は分からないが、この数値はどう考えても異常だろう」
「さすがに、これはタカヒロさんやユリネさんには言えないわね」
「とはいえ個人情報だから、比較するためだけに、他の人に聞くわけにもいかないしな……」
「ねえ、あたしは生命力と魔力? 少し低いよ?」
 夏梛の数値を見ても、誤差の範囲だった。
 他にも、設定項目に『マイスキル』の項目もあった。



 しばらくあれこれ眺めていたけれど、結局よく分からなかったので、三人ともあきらめてスマートフォンをしまった。

 頼んだサンドイッチが運ばれてきた。パンの間にレタスやハム、卵にポテトサラダなど色々挟んであった。
 お店で出される料理も、日本でよく見慣れた料理のようだ。

『ピロリロリン……ピロリロリン……』
 突然、夏梛のスマートフォンが鳴り出した。

「お、おとうさん……。これ見て……」
 画面を見た3人は固まった、さすがにそれはありえない。

 そこには、オルフェナからの、着信の表示が出ていた。