高速道路を降りても、相変わらず道は混雑していた。
それでもほとんど動かない高速道路とは違って、郊外に向かう道は少しずつだけれど移動していた。
車内には今、運転席に篤紫が座っているだけだった。女子四人は既に車内にはおらず、桃華の座っていた席にはヒスイが腰掛けていて、ちゃんとシートベルトを着用していた。
『篤紫も、後ろの扉から簡易ダンジョンに行って、睡眠を取ってきても良いのだぞ?』
腕を組んで船をこいでいた篤紫は、オルフェナのその言葉でハッと目が覚めた。相変わらず外の景色はゆっくりと流れていて、信号に合わせて街中を進んでいるところだった。
「びっくりした。いつの間にか寝ていたのか」
『さっきも休めと言ったはずだぞ。大人しく後ろの部屋に行って、寝てくるが良い。ちゃんと布団も用意してある』
「いやな、さすがに運転席が無人だと、まずいと思うんだ」
自動運転は黎明期で未だに本当の意味で自動運転の車は存在していない。ましてや、信号や車がお多い道での断続的な渋滞には対応ができないのが現状だったりする。
そんな中、篤紫が乗っているオルフェナは、オルフェナの意思で勝手に道を走っているため、運転席が無人だとしても目的の北黎弦神社まで走って行くことができるのだけど……。
「ナナナシアならそれでもいいけれど、ここはあくまでも日本なんだよ。だから、その辺の事情は分かるだろう?」
『我は生きておるのだぞ。その辺を走っている有象無象と一緒にするでない。
まあ日本の事情は十分に分かっておるが。ただ篤紫がここで無理をしても、何もいいことがないのだぞ』
「ああ、逆だ逆。俺は日本だと、何の役にも立たない」
やがて都市部を抜けると、徐々に車の流れが速くなってきた。それでも、名古屋の都市部をしっかりと抜ける頃には、既に日付が変わっていた。
そして、唐突に異能空間が辺りの景色を一変させた。
『これは魔法では無いのか、この怪しい空間は魔法では解除できないようだな』
「女性陣はみんな就寝中なんだろう? 今度は誰が来たんだよ」
ため息をつきながら、虹色魔道ペンで変身する。ついでに、ホルスターのポケットから魔導銃を取りだして定位置に納めた。
まあ、能力十倍で十分に相手くらいはできるだろう。
オルフェナが停止したので運転席から外に出ると、男が一人、前方で目をつむったまま腕を組んで仁王立ちしていた。
篤紫はそっと、車に戻った。
「普通に、轢いてもいいかも」
『うむ。我もそんな気がしてきた。確かこの空間で起きたことは、現実に戻ると無かったことになるのだったな』
そのまま加速する。
衝突する寸前に、オルフェナはボディの表面に魔法で雷撃を纏った。フロントガラスの表面にも、白い線が無数に走る。
そして男を弾き――違うな、もの凄い勢いで吹き飛ばした。男が錐揉みしながら遠くの山に飛んでいく。
それと同時に世界に色が戻り、異能世界に切り替わった場所から再び走行が再開された。
「時間は経過するけれど、場所は初期状態に戻るんだっけ?」
『そんな感じのようだな。だから今回みたいな場合は、走る速度を覚えていてその速度で現実世界に戻らないと、後続車に衝突されてしまう。
だがしかし、その程度で我は壊れたりせぬが』
追突した車からすれば、前で走っていたはずの車が突然止まっていて、ブレーキを踏む隙すらも無い状態か……うん、普通に無理だ。
もっとも、オルフェナの速度調整に抜かりは無く、何事も無くさっきと同じ速度で車列に並んだ。
ふと思い立って、途中のコンビニに寄った。
ヒスイが気を利かせて、桃華を起こしに向かった。そういえば、日本に来たはいいけれど、異能空間ばっかりでゆっくりコンビニにも寄れなかったな。
ヒスイが戻ってくると、四人全員が眠い目をこすりながら車から出てくるところだった。
「コンビニね、そう言えば久しぶりかしら?」
「寄ったはいいけれど、日本円持っていないな……」
「あら、それなら大丈夫よ。さっき名古屋の街に降りた時に、金貨を百枚ほど換金してきたわ。一枚五万円で売れたから五百万円は手持ちにあるわよ」
後ろで異能三人娘が、目を見開いて固まっていた。
それにしても、金貨が五百万だとナナナシア換算だとかなりの損になる気がする。
鉄貨百万枚で金貨一枚だから、単純に百万円計算だ。物価価値が色々と違うから、単純な比較はできないのだけれど。
もっとも、普段ですら桃華の食料品の爆買い程度しかお金を使っていないので、大した問題にならないはず。いまもあちこちで報酬として貰った金貨が、大量に拡張収納のそこに眠っているし。
そして、店内で桃華の暴走が始まった。
店員に頼んで、店内にある全ての食料品を購入する話をして、売り物が無くなったことによる休業補填を含めて三百万円で交渉をし出した。
これには篤紫も、目が点になってその場で立ち尽くすしか無かった。同時に、瑠美、咲良、紅羽の三人も呆気にとられて入り口に固まっていた。
レジを通し、次々にキャリーバッグの中に吸い込まれていく食料品に、篤紫とレジ打ちしているバイト君以外の全員が、何度も目をこすっていた。
最後には、店舗側がバックヤードからも商品を持ち出して、それらの全てが桃華のキャリーバッグに吸い込まれていった。さすがに先払いで支払った三百万円の威力は大きかったようだ。
「桃華さんって、いつもあんな感じなのですの?」
「いや、今日はかなりましな方だぞ。この間なんて、向こうの出店通りの食べ物を全て買い占めていたからな。あの時も金貨十枚――あっちの世界換算でも鉄貨一千万位、平気で買い物していたからなぁ。
あ、ちなみに鉄貨一枚がこっちの一円くらいな。肉の串焼きが銅貨三枚で、鉄貨だと三百枚だから、日本とそんなに物価は変わらないかも知れない」
「マジか、ごっついな桃華は。せやけどそれって……」
「まあ、みんなで稼いだお金だから、食料担当の桃華が何を買おうが誰も文句言わないよ。
むしろ、旅をしていてあっちこっちに飛び回っているから、すぐに出てくる出来合いの食べ物は、正直助かってはいる。だから余計に、みんな何も言えないんだろうけど」
篤紫の言葉に、三人は顔を見合わせて大きく感嘆の息を吐いた。
そのまま小声で何かを相談し始める。
その間も、桃華は珍しく食料品以外も物色し始めた。その頃には、ここのコンビニのオーナーも駆け付けたようで、桃華の隣で頭を下げていた。
「あの……ちょっと聞きたいのですけど」
咲良が、遠慮がちに声をかけてきた。
「ん? どうしたんだ、あらたまって」
「昼間の話の流れでご存じかも知れませんが、私達は物心ついた時には生みの親から引き離されています。育ての親には感謝していますが、どうしても居心地が悪くて……」
まあ、そうだろうな。
異能で親子関係をねじ曲げられて、他人を親だと思って過ごし、後になって他人だと知る。
普通に考えて、頭では分かっていても、心では到底認められないとは思う。
「それで、その……元の世界に帰る時に、一緒に連れて行って貰えませんか……?」
「お願いや。もうこの日本には自分たちの居場所があれへんねん」
「……紅羽さんもか?」
「わたくしも生まれは京都と違いますの。可能でしたら、北黎弦神社から離れたいですわ……」
篤紫は、今も買い物を続けている桃華を見た。
きっと桃華なら、この状況すらも想定しているんだろうな。そのうえで、三人を連れたまま京都に向かっている。けじめを付けるために。
「いいんじゃないかな。その代わり、片道切符になる可能性は高いぞ。
まあ、向こうに行けば魔法も使えるようになるから、今よりもずっと楽しいかも知れないよ」
篤紫の言葉に、三人は安心したのだろう。顔を見合わせて安堵のため息をついていた。
やがて桃華は、オーナーに金貨を百枚ほど渡すと、コンビニの品物全てをキャリーバッグに収納して、やっと店から出てきた。
店の物は完全に空になっていたけれど、バイト君にも臨時ボーナスも手渡しで出ていたみたいだから、結果オーライなのかも知れない。
オルフェナに乗り込んで出発する時には、全員で手を振って見送ってくれた。深夜の、それも周りが真っ暗で、何も見えないにもかかわらず。
そしてそのまま夜通し走り続けて、夜が明ける頃には琵琶湖の畔まで辿り着くことができた。
朝日を浴びながら湖畔で伸びをしていると、女性陣四人が目が覚めたのだろう、オルフェナの中から出てきた。すかさず桃華が、転がしてきたキャリーバッグからテーブルセットを取りだして、その上に朝食を並べ始めた。
そして少し早めの食事を食べた。
さすがにその時は、京都に着いたにもかかわらず、肝心の北黎弦神社に向かうことができないなどと、誰が想像していただろうか。
その日。全ては桃華の、暴走から始まった。