『あ、篤紫君? 久しぶりね、ぜんぜん電話くれないから忘れられちゃったかと思ったわよ。
それより聞いて聞いて、この間貰った本に異世界転移の物語あったでしょう。あれの真似して、ちょっと星の子呼んだんだけど、なんかね上手くいかなかったのよ』
耳元から聞こえてくるナナナシアの声に、篤紫は自然と眉間に皺を寄せていた。
自分でも、何だか無性に苛ついているのがわかる。
『それでね、仮想の魔王退治に出かけるようにお願いしたんだけど、ぜんぜん信じてくれなかったのよ。
どうすればいいのかな、また呼びだしたほうがいい?』
篤紫は無意識のうちに、通話を切っていた。
「お、おとうさん。いきなり電話切って、どうしたの? それに、何だか感情が消えたような虚ろな表情しているし……」
すぐに電話がかかってきて、画面を見ずに通話切断を押して着信拒否していた。
……まずい、体が勝手に動いてるよ。
慌てて、着信拒否リストからナナナシアを削除して、再び電話をかけた。
『あ、もう。篤紫君どうして電話切っちゃうのかな。桃華も夏梛ちゃんも全然電話くれないし、ずっとわたし暇なんだからね』
「いや無理だろう。残念ながらこっちは忙しいし、普段は用が無いしな」
『えー、いいじゃん。電話繋がるの篤紫君達だけなんだもん。たまに電話してくれないと、すっごく寂しいんだからね。
あ、そうだ。電話はあとさっき言った星の子にも繋がるよ。やったね』
「迷惑だろうから、やめたげて」
「あは、あははは……」
隣に居た夏梛が、乾いた笑いを漏らしている。
本当は、こいつに頼るのだけは嫌だったんだけど、ヒスイの非常事態だからな。なんとかヒントだけでも貰わないといけない。
『それでね、さっきの星の子なんだけ――』
「悪いナナナシア、ちょっと助けて欲しいんだ」
『ん。聞くわよ、ヒスイちゃんのことね?』
「ああ。突然倒れたみたいで、持ち上げようとしても持ち上がらない。
今朝は普通だったし、コマイナ自治領まで一緒に移動した。夏梛に教えて貰わなかったら、倒れていることを、もっと後に気づいていたかも知れない。
何か分かるか?」
『ええ。分からないわ』
「うをいっ!」
自信満々だったから、何か知っているのかと思った。
そんな篤紫が落胆した様子が分かったのだろう。ナナナシアは『ふふふっ』と笑った後、真面目な口調で続けた。
『でもね、解決策ならあるけど、聞く?』
「頼む……」
『ヒスイちゃんがね、三日程前に何を思ったか魂樹に登録したのよ。端末見たら、篤紫君のとロット違いの同型だったわ。
それで初めて、ヒスイちゃんについて分かったのよ。
魔神晶石、限りなく青に近い緑色の、魔力を湛えた石ね。あの子の体、百パーセントがその石そのものよ』
「それは知っている。もともと、桃華のなかにあった世界で、魔神ジェイドとして顕現する前の、いわば卵の状態のものを浄化した。その結果として、無垢な魔神として産まれたと認識している」
あの時はびっくりしたけれど、こっちに戻ってきてから舞台になった物語を読んだ時、終盤くらいに出てきたのを思い出した。
魔王を越える、最終ボスだった。
『それでね、足りなくなっているのよ。魔神晶石自体が』
「えっ? だって体積というか、ヒスイ自体の大きさは変わっていないぞ」
『見た目だけはね。元々の体積は、この星と同じくらいあるのよ。それがあの大きさまで縮んでいるんだけど、既に一パーセントもないわ』
スマートフォンを耳に当てたまま、篤紫は動きを止めた。
どういう……ことなんだ……?
『何回か篤紫の目を借りて見ていたのだけれど、ヒスイちゃん魔法を使えるようになったのね?』
「ああ、一ヶ月前にアディレイドタワーダンジョンに行った時に、全員の魔力を吸われたんだ。あの時、ヒスイもごっそり魔力が無くなったん……まさか」
『そう、あのとき魔王晶石が緑に変わったわね。
吸われたのは魔力だけじゃなかった。ヒスイちゃんの体組織がその時、ごっそり奪われているのよ』
慌てて地面に横たわっているヒスイを見下ろした。
なんで、そんなこと一言も聞いていない。慌てて魔力を補充したけれど、あの時点で既に限界だったのか……。
「お、おとうさん……」
夏梛はあの日のことを知らないけれど、ヒスイが今深刻な状態であることだけは理解できたらしい。しゃがみ込んで、心配そうにヒスイに触れている。
何ができるのか分からないようで、篤紫の顔を見上げてきた。
「それじゃ、何ともならないのか……」
『とりあえず、篤紫君の魔力を補充すれば、ある程度は動けるはずよ。ただ、魔力の総量が少ないから、ヒスイちゃんに魔法を使わせちゃ駄目。
もちろん、魔神晶石車の運転も魔力を消費しているから駄目よ』
急いで、それこそスマートフォンを放り投げて、ヒスイに触れた。魔力を押し込むように流し入れる。
ピクリと、ヒスイが動いた気がした。
「おとうさん、ゴーレムが動き出したよ」
「駄目だ、ちょっとどけ」
驚く夏梛を押しのけて、篤紫はゴーレムを掴み、ホルスターのポケットに収納する。五体全部入れたところで、視界の隅で横たわっていたヒスイが起き上がった。
ヒスイは篤紫を見上げて、すぐに状況を理解したのだろう。見るからにがっくりと項垂れた。篤紫の心を勝手に読んでくれるから、正直こういう時は非常に助かる。
『ちょっとー、もしもーし。大丈夫なのかなー?』
腰元からナナナシアの声が聞こえて、慌てて篤紫はスマートフォンをたぐり寄せて耳に当てた。
「すまん、ヒスイが動いた」
『ええ、魂樹を経由してこっちでも把握したわ。様子は見えないけど。
あと体組織が減っていたのは、かなり前からの可能性もあるわよ。ヒスイちゃんの本来の容量が、あの魔王晶石に吸われた程度でそこまで無くなるはずがないもの』
この時点で、原因が振り出しに戻った。
もっとも、原因云々よりも今はこれからどうするかの方が大切だろう。
「それで、他に何かいい案はないのか? たとえば、ヒスイの体組織自体を補充するとか」
『無理ね。ナナナシア星で現存する魔神晶石は、アメリアカ大陸のグラウンドキャニアンに行かないと無いのよ。それにしたって、あそこのどの場所にあるのかまでは知らないのよ。たぶん真ん中?』
「具体的な場所まで知ってるんかい!」
これは、行くしか無いな。
ヒスイを見ると、まだ項垂れたままだった。そっと空いた手で抱き上げて、ついでに魔力も補充する。
「ありがとう、そのグラウンドキャニアンに行ってみるよ。たぶん行けば、何とかなるような気がするし」
『あ、そうそう。たぶんヒスイちゃん、篤紫君の魔力しか受け付けないと思うから、そこのところだけ気を付けてね。じゃあ、行ってらっしゃい』
それだけ告げると、ナナナシアはあっさりと通話を終わらせた。
きっと、しっかり喋ったから満足したのかも知れない。折り返しの電話もないようだったので、そのまま腰元に浮かせる。
「夏梛、済まないけどちょっとばかり運転し……ああ、やっぱりいい。ルルガに頼むわ」
「えー、なにそれ。あたしの運転する車に乗れないってことなの?」
夏梛に車を頼みかけて、篤紫はあっさりと撤回した。
当然夏梛からも苦情が出るのだけれど……。
「うん、無理」
「うえーん、おとうさんがいじめるぅ――」
あっさりと駄目押しした。もう、あの運転には乗りたくないもの。
夏梛は泣きながら自分の車に乗り込むと、自宅である城目がけて暴走していった。さらば、夏梛。また今度、運転を一から叩き込むからな。
「もう少し安全運転してくれれば、乗れないこともないんだけどな……」
篤紫はそう、ぽつりと呟くと、ルルガに電話をかけた。
「また出かけるのかよ。相変わらず篤紫は、ゆっくりできないみたいだな」
「確かに、言われてみればそんな気もするな……」
ルルガに迎えに来て貰って、一旦ルルガ鍛冶工房で魔神晶石車を回収してから、そのまま城に送って貰っていた。
運転席にルルガ、助手席にはマリエルが乗っている。
篤紫は後ろの席でヒスイを抱きかかえていた。隣には、ミュシュが乗っているんだけど、何で全員で来たんだろう?
「篤紫さん見てください、わたくしもいよいよ魂樹持ちです。ほら、わたくしと同じ銀色の筐体ですよ」
日本から買い込んできた携帯電話の中に、メタリック調の折りたたみ携帯電話があった。それがどうやら、ミュシュの琴線に触れたらしい。
一旦ルルガ鍛冶工房に置いてあったんだけど、目ざとく見つけたようだ。
「そうか、気に入ったものが見つかって良かったよ。ところで、なんで付いてきたんだ?」
「えっ、久しぶりのドライブに出かけるのではないのですか?」
まあ、ミュシュも含めてルルガ鍛冶工房のルルガもマリエルも、ほとんど攻防に籠もりっぱなしだから、その認識も間違いないと思う。
お城に着いたら、三人にお茶でもごちそうしよう。
そうこうしている間に、大きな城が視界いっぱいに広がった。
玄関門の前では、先に帰っていた夏梛が手を振って待っていた。
篤紫はここで、もう一つ問題が起きていたことを、すっかり忘れていた。
オルフェナにも、異常が起きていたのだ……。