三話 山へ芝刈りに……?


「いってらっしゃい、気をつけてね」
 朝日が昇る前、まだ辺りが薄暗いうちに篤紫は出かけた。店の前で手を振る桃華に手を振り返して、一路国壁を目指す。
 国壁にはいつもの門番がいて、ちょうどうたた寝をしているところだった。特に検問とか必要がないため、静かに通り過ぎた。

 国壁の門を抜けると、目の前には草原が広がっていた。目的地は、遙か遠くに見える山、その裏側にあるホウキ草の群生地だ。
 ついでに、途中にある竹も採ってこよう。箒と言えば、柄は竹だろう。握り加減が他の素材では出せない。

 持ち物はいつもと同じ、ほぼ無限収納量を持つ肩掛け鞄。時間停止と持ち主登録の魔術を描き込んであるから、無くす心配もなく、使い勝手はすこぶるいい。
 腰に巻いたホルスターには、左手側に魔道銃が、右手側には魔道ペンを三本刺してある。これがいつもの探索スタイルだ。
 腰元に浮いていたスマートフォンをお尻のポケットにねじ込むと、魔道ペンの一つ、虹色魔道ペンに魔力を流した。


 虹色の光が篤紫を包み込む。
 黒かった髪の毛は、さらに漆黒に染まり、肩口まで長く伸びた。
 普段着の上には、漆黒のロングコートが羽織った状態で現れて、足に履いていた作業靴も漆黒のロングブーツに変わった。

「さすがに、人前で変身するのは恥ずかしいからな……」
 変身の魔道具でもある虹色魔道ペンは、ニジイロカネという謎の金属でできている。
 ニジイロカネ自体は昔、偶然手に入れた素材で、魔道具の方もそれこそたまたまできた魔道具だ。魔力を流すと、その本人が深層心理で憧れている姿に瞬時に変身することができる、夢の魔道具(笑)なのだ。

 実際には、ただただ恥ずかしいだけだったりする。
 だって、深層心理だよ? 心の底で、カッコいいと思っている姿だ。完全に黒歴史レベルの格好とも言える。
 ただそれだけに、変身した後の機能の方は素晴らしい。最初は体の基礎能力を十倍に引き上げていたものが、今では体に馴染んできたからか、二十五倍程にまで引き上げられる。
 まさにスーパーマンになれる。
 ……あえて突っ込みしないで。羞恥心で悶えたくなる。


 ランニング程度の速度で走り始めた篤紫は、地面を抉らないように、徐々に加速していった。そのまま軽く走ると、底上げされた能力のおかげで、あっという間に流れ過ぎる速度が時速二百キロ超に達した。
 花が咲き乱れるのどかな草原を駆け抜けて、うっそうと茂る森に突入した。森に入っても速度を維持したまま、木々の間を縫うように駆け抜ける。
 突然現れた深い谷もそのまま高く飛び越えて、途中で休憩を挟みながら二時間程で目的地にたどり着いた。

「うーん、変身の魔道具は絶対にチート魔道具だよな。新しく作るための材料はあるけど、もう作らないようにしないとだめだ」
 虹色魔道ペンに流していた魔力を切ると、黒一式装備は光の粒になって空中に霧散していった。



 そこは、ホウキ草の群生地だった。
 箒をそのままひっくり返したような植物が、山間の開けた場所に群生していた。ただ悲しいことに、今日は色が桃色だった。
 前に採りに来たときには、確か水色だった気がするけれど、日によって色が変わるのだろうか?

 見える範囲の半分くらいを刈り取って、鞄に放り込んだ。収納鞄は、大量のホウキ草を難なく飲み込み、刈り取って積み上げてあったホウキ草が一気に無くなった。
 篤紫は近くの切り株に腰掛けると、朝ご飯のお弁当を取り出す。朝早く出発したから、一通り作業を終えてもまだ七時を過ぎたところだった。

「おや、桃華から着信?」
 半分ほどお弁当を食べ終わったところで、お尻に敷いていたスマートフォンが鳴りだした。引っ張り出して画面を確認しながら電話に出る。

「はい、こちらホウキ草の群生地」
『篤紫さん、ホウキ草の採集は終わったかしら?
 朝からさっそく、オリデさんが箒の魔道具を買いに、お店まで来てくれたわよ。どうも楽しみにしていたみたいね。
 いま材料の調達に行っているって言ったら、また明日来るって、帰って行ったわ』
「ええっ、まだ朝の七時だろ? シズカさん、張り切って売り込みすぎだよ」
『それだけみんな、見目新しい物が好きなのよ。
 生活魔法は便利だけど、やっぱり体を動かして掃除をすると楽しいみたいなのよね。シズカの実演で火が付いたんじゃないかしら。
 あら、また誰か来たわ。またあとでね』
 たかが箒、されど箒と言うことか。


 生活魔法は、同じ魔法の中でも特殊な魔法に分類されている。
 小さい頃から生活魔法の魔道具を使って、繰り返すことで身に染みさせる魔法だ。効果が決まっていて、身の回りの物を壊すことがないように、一番威力を落とした魔法でもある。

 そもそも魔法とは、体の中の魔力をイメージで具現化させるだけの、非常に簡単なものだ。イメージ次第でどんな魔法をも使える反面、想像があやふやだとそもそも現象を発動させられない。
 また、イメージだけでなく気分でも効果威力が変わるため、二人の生活では実に使いづらい。
 当然、人によって得手不得手が異なるため、使える属性が偏る傾向にもある。火が得意だったり、水が得意だったりと言った具合に。

 逆に、生活魔法は体系化されていて、効果が決まっている魔法だ。
 火種、湧水、微風、穴掘り、光球、清浄の六つの魔法で構成されている。普段の生活で使う魔法として、これ程便利な物は無い。
 極端な話、食料と生活魔法さえあれば、生きていくことができる。

 だから本来、箒などの生活に使う魔道具が必要ないはずなのだけど、稀に篤紫がネタで作る魔道具が、何かの琴線に触れるらしい。
 例えば今回のような、箒の魔道具と言った具合にだ。

 篤紫はスマートフォンを腰元に浮かせて、残ったお弁当を急いでかき込んだ。それを湧水でコップに出した水で流し込むと、まとめて肩掛け鞄に放り込んだ。

 虹色魔道ペンで変身して、再び全身が黒一色に変わる。
 でも何で黒なんだろう? 
 個人的には、白い全身騎士鎧とかが格好いいと思っているのだけど、いくら念じてもこの格好から変わらなかった。深層心理は、本人の意思とは全く関係ないようだ。
 篤紫は盛大にため息をついた。

 この後は箒の柄の材料である竹を採りに、少し回り道をしなければならない。
 篤紫は軽く深呼吸をすると、一気に加速して竹林へ向けて駆け出した。




 出発したときと同じ場所、国壁にある門の少し手前で、変身を解除した。時刻はもうすぐ十二時。空腹を主張するお腹をさすりながら、国壁の門をくぐった。
 門では、出発したときにはうたた寝していた門番が、今度はちゃんと篤紫を迎えてくれた。側頭部から後ろに伸びた角が特徴的な、竜人の男だ。とうぜん、お尻からもちゃんと尻尾が生えている。

「こんにちは、篤紫さん。いい素材は採れましたか? 今度は何を作っているのですか」
「ええ、おかげさまで。今回は箒の魔道具を作ることになったよ」
「ホウキの魔道具ですか? 楽しそうな響きですね。物ができたら私にも見せてもらえますか?」
「ははは、いいですよ。また持ってくるよ」
 竜人の門番と軽く談笑して、街へと続く坂を下っていく。

 篤紫が進む先には、遙か彼方まで続く広大な街並みが広がっていた。遠方は遠すぎて霞んで見える。
 街にある家々は全てが白色に統一されていて、門から続く大通りに合わせて、理路整然とまるで碁盤の目のように立ち並んでいる。
 その目の前に、まっすぐ延びている大通りの先、ちょうど都市の真ん中に当たる位置に、巨大な白亜の城が建っているのが見えた。

 その白亜の城が、本来は篤紫の自宅なのだけれど、最近はそこに帰っていない。

 五年前に、娘の夏梛が隣の国にある魔道学園に入学することになった。
 それを機に妻の桃華と二人で西の街に、店舗を兼ねた住宅を確保した。程なくして隣に昔なじみのタナカ一家も引っ越してきて、今は魔道具を作りながらゆっくりと過ごしている。

 篤紫が今し方入ってきたのは西門になる。
 そのまま歩いて行くと、大通りに面した店舗が様々な商品を並べていた。とはいえ、この地域にはまだけっこうな空き店舗がある。
 白亜城を中心にしたこの都市は、南が一番栄えている。そこから徐々に、住民が住んでいる地域が広がっているのが現状で、実は北西から南東の半円に渡る範囲は、家はあっても未だ誰も住んでいない、空き家エリアだったりする。

 いずれは誰か入居するはずだけれど、無駄に広大な都市のため、全ての住居が埋まるには、おそらく百年単位の時間が必要になるような気がしている。
 そもそもここは魔王が統治している魔族の国。人間族の入居を基本的に拒否しているのが、人口増加の妨げになっているわけで、居住地の全ての家には今も魔族しか住んでいない。
 その魔王も選挙選任制の魔王だから、魔族と人間族の間にある種族対立がなくなりつつある今は、人間族を受け入れるような話も出ているらしい。


「お、篤紫じゃないか、どこかに出かけてたのか?」
 大通りに面したひときわ大きな建物から、全身緑色の肌の男が笑顔で出てきた。大きな建物には『ルルガ鍛冶工房』と書かれた看板が掲げられ、その看板の周りに剣や斧、槍や盾が無造作に打ち付けられていて、ここが鍛冶屋であることが一目で分かる。

「こんにちは、ルルガ。朝から箒の材料を採りに、あっちの山まで行ってきたんだよ。今し方帰ってきたところさ」
「箒っていやあ、この間オレと話していた掃除の道具のことか?
 床の汚れがどうしても落ちないから、何かないかって話してた奴だな。なんだ、試作品ができていたのか?」
「一昨日にはできたんだけど、試し掃きしていたらシズカさんに金貨と引き替えに、奪われちゃったんだよ」
「マジか、そりゃ何年ぶりかに忙しくなるんじゃないか?」
「ああ、さっそく朝から見に来たって、向こうに居るときに桃華から電話が来たよ」
 そのまま、ルルガと一緒に鍛冶工房に入っていく。

「まあ座れや、わざわざこっちに来たって事は、魔鉄がいるんだろう?」
 勧められて、椅子に腰掛けると、お茶が出てきた。

 爽やかな花の香りがするお茶は、口に含むと体が少し軽くなった気がした。