百四十一話 地球防衛軍……?


 思いの外、鉄扉が重かった。
 最初、篤紫だけで押そうとしたらびくともしなかったので、桃華が補助に入り、すぐにヒスイが参加してやっと開けることができた。

 何だか嫌な予感がして、ゆっくりと部屋の中に足を伸ばすと、ちょうど部屋に入った境目辺りから足にかかる重力が変わったのがわかった。船が逆さまになっているから、管制室にかかっている重力の方向が、本来の向きなんだろうな。
 足を戻すと違和感がなくなったから、間違いないと思う。

「重力が反転していてすっごく入りにくいんだけど、どうするか」
「ほんとね。部屋に手を入れると、そのまま上に引っ張られる感じがするわ」
 さすがにいきなり重力の方向がひっくり返る経験は、いままでしたことがない。床に紐でも括って先に部屋の中に放り込めればいいんだけど、ダンジョン化した床を傷つけれられる気がしない。
 もしかしたら、虹色魔道ペンならば傷がつけられるかもしれないけれど、たぶんこの部屋はボス部屋扱いだから、中に入った途端に扉が閉まる可能性もある。

 中の見た目は、よくある宇宙船の管制室だった。
 大きなモニターパネルが壁にあって、船内のいろいろな情報が表示されている。操作パネルもたくさんあって、何人もの人の手で船が運行されていたことがうかがい知れる。
 中央にある大きな椅子が、きっと船長が座って指示を出す場所なんだろうな。その椅子の前に、半円状にモニターパネルが展開されていた。

 殆どの椅子が床に固定されている中、逆に何脚かの椅子が天井に転がっているのが見える。
 ものすごい違和感を感じるんだけど、きっとあの天井に転がっている椅子が、今は正しいんだろうな。

「まあ、中に入るしかないよな」
「お、お父様。何をしているのですか?」
「何って……」
 おもむろに床に仰向けになって、足からゆっくりと体を管制区の中に進めていた篤紫は、動きを止めてヒスイに顔を向けた。

「いや、なにって……色々考えたら、この態勢で部屋に入るのが一番いいと思ったんだ」
「足から入るのですか?」
「確かにそうよね。扉を境にして重力がひっくり返るから、逆立ちで入るのが理想よね」
「さすがに俺は逆立ちが無理そうだったから、苦肉の策なんだけどな。寝転がって足先から部屋に入っていけば、足から先にあの天井に落ちていくよな」
「あ……そ、そうですよね。確かに」
 管制区に入れた足が、天井に引っ張られる。なんか変な感じだ。体をゆっくりと押し込むと、難なく天井に着地することができた。
 篤紫に倣って、桃華とヒスイも部屋に入ってきた。
 そして、鉄の扉がゆっくりと閉まった。
 扉が閉まるだろうと予想はしていたけれど、なんだかおかしくなって三人で顔を見合わせて笑ってしまった。



 改めて管制室を見回すと、扉が閉まったことで視界が薄暗くなっていた。ただまっ平らな天井には椅子が数脚散らばっているだけだから、歩くのに障害になるほどじゃない。
 宇宙船の管制区らしく、天井は奥に向かって階段状に区分けされていて、それぞれのモニターには明かりが灯っている。ただここからだと、何が表示されているのかはっきりとわからない。

「肝心のダンジョンコアは、どこかしらね?」
「なんだか私はここに入ると、ダンジョンコアの中に入ったような妙な感覚になります」
 中央にあるひときわ大きな椅子が光りだして、そこに青く透き通った女性が現れた。それに合わせて、足元の明かりが明るくなった。
 そこで再び、篤紫たちは三人で顔を見合わせて首を傾げた。女性が天井の椅子に座っているから、逆さま……なんだけどな……。

 女性は瞑っていた目を開いた。

『テストプレイヤーの入室を確認しました。プレイヤーデータを確認中……エラー。メインサーバ、及びに入場データベースにデータがありません。システム管理者権限により直接ステータスを参照……白崎ヒスイ、白崎篤紫、白崎桃華のユーザーデータを読み込みました』
 何だか機械的な声が聞こえてきた。言われている言葉の端々に、ものすごい違和感がある。また、変な世界に迷い込んだのか……?
 ヒスイもびっくりしたのか、ものすごい速さで篤紫に顔を向けてきた。眉間にシワが寄っていて、可愛い顔が台無しだよ。

「お父様、おかしいです。あの女性から一切の魔力が感じられないです」
「どういうことだ? ここって、ヒスイが作った月の雫を使って、ダンジョン化させたはずだよな。だったら、普通に魔力が使われているはずだけど……」
「そのはずなのですが……」
 その間にも、何かの処理が終わったのだろう。女性は無表情だった顔に微笑みを浮かべて大きく手を広げながら、今度は普通の口調で喋り始めた。

『ようこそ、いらっしゃいました。当トキオシティダンジョンは、現在プレオープン中に付き、帰還転移魔法陣は常時開放されていま――』
 口上の途中で自分が逆さまであることに気がついたんだろう。椅子から霞むように消えると、真下の天井に立った状態で再び現れた。何だか投影されたホログラムみたいだな、不思議な感じだ。
 よく見ると天井の奥の方、通常ならば床になっている場所に青白い魔法陣が光り輝いている。

『失礼いたしました。現在運営側にエラーを報告していますので、帰還魔法陣の場所に関してはまもなく改善されるかと思われます。
 入口ゲートでも告知いたしましたが、現在はモンスターがポップされない仕様になっていますので、戦闘試験をする際には該当地域において手動で設定を変更してください。
 また、設備等改善案などは適時受け付けておりますので、ステータスパネルのダンジョン要望項目、もしくは帰還転移時に入り口脇にある端末より、ご意見ご要望等お書き込みください』
「……えっと?」
 ちょっと、意味がわからない。

 篤紫と桃華、それにヒスイの三人が状況の把握ができなくて顔を見合わせていると、金属が軋む音とともに背面の鉄扉が開く音が聞こえてきた。
 びっくりして振り返ると、そこには四人組の男女が逆さまの状態で立っていた。

「うわ悔しいな、俺達が一番乗りだと思っていたら、もう先に来たパーティがいるじゃねえか」
「しょうがないよユウキくん。みんなで魔動車に乗って景色を見ながらドライブしてきたんだから、まっすぐ来たプレイヤーには流石にかなわないよ」
「それに正式オープン前の特別招待枠でしか入場できませんから、実際に誰が入場しているのかわかっていないんですよ。むしろ今は、最終テストのためのバグ探しの面が強いですからね」
「でもでも、コアルームが逆さまってのはなかなかいいと思うの」
 黒を基調とした軍服を着こなした四人は、逆さまのまま部屋に飛び込んできた。空中で鮮やかに翻ると篤紫たちの前に立ち並んだ。

「先に、帰還ゲート使わせてもらってもいいか?」
「あ……ああ、いいけど」
 慌てて篤紫は壁際に寄った。桃華とヒスイも、同じように横に避ける。

「すまんな。知っていると思うけど、このエリアの正式オープンまで三日しかないんだ。バグはあらかた修正が終わっているらしいけど、細かい不具合は結局、俺たちプレイヤーが見つけないといけないんだよな」
『テストプレイヤーの入室を確認しました。プレイヤーデータを確認中……確認できました。ユウキ、悠太郎、melsy、ゆりな、ですね。
 入口ゲートでも告知いたしましたが、現在はモンスターがポップされない仕様になっていますので、戦闘試験をする際には該当地域において手動で設定を変更してください。
 また、設備等改善案などは適時受け付けておりますので、ステータスパネルのダンジョン要望項目、もしくは帰還転移時に入り口脇にある端末より、ご意見等お書き込みください』
「うんわかったよ、私達に任せてっ。また入り口から確認してくるよ」
 そうして四人組のは、いつの間にか奥の床に移動していた魔法陣からどこかに転移していった。

 そういえば全員軍服なのに持っている得物はみんなバラバラだったな。
 二メートル程もある大きな大剣に、何か色々装飾が施された大きな槍。かといえば細身の長銃を背負っている娘もいたし、最後の娘は弩だった。何だこの統一感のなさは。

「どう……なっているのかしら……」
「全員、魔力みたいなものは帯びていましたが、何だか実体が希薄な感じでしたね」
「またあれか、意味不明な世界に迷い込んだってことなんだろうな」
 その後も鉄扉が開くたびに、軍服を着た数名単位のパーティが一声かけながら奥の魔法陣から旅立っていった。

 何が、起きているんだ……?

 ちょうど区切りがついたのか、鉄扉が開かなくなったタイミングで、中央に佇んでいた女性が体を向けた来た。

『御三方は、何か問題があったのでしょうか』
「いや、問題はないが……」
 むしろ、状況が全く分からないのが問題なんだけど。

 宇宙から暗黒の星に堕ちていく宇宙船を、途中で今までの感覚でダンジョン化させた。いつもどおり無事ダンジョンになって船も逆さまとはいえ無事地表に着いた……までは理解している。
 だけど、プレイヤーと呼ばれている今の状況だけは、理解できない。

「ここって、一体何なんだ?」
『それではご説明しますね。
 ご存知かと思いますが、当施設はMMORPGである『マジカル・テラ・オンライン』の新規エリアとして実装するために、プレオープンの形で実際にプレイヤーの方々に冒険をしていただいています。
 マジカル・テラ・オンラインでは、地球防衛軍に所属していただき、モンスターに占拠された街を開放することが主な目的となっていますが、今回は初の試みとして超大型の宇宙船型都市『方舟』が墜落、内部に異星人を含めた様々なモンスターが現れた設定で運営される見込みとなっています』
 話が長くなりそうだったので、床に転がっていた椅子を持ってきて歩いていく軍服姿の人たちに邪魔にならない場所に腰を下ろした。
 どうやら二週目からはデータを確認しないようで、軽く頭だけ下げて魔法陣に消えていった。

『また、現在のステータスに関しては、ステータスオープンと唱えていただけますと、空中に投影される仕様は変わりません。ただ、テスト用のためストレージ及びマップデータなどは今回の特別仕様となっていますので、ご了承ください』
「ステータスオープン? ……あら、なにか現れたわ」
「えっ、お母様……?」
 桃華の目の前にさっそく何かが出現したみたいで、空中に指を走らせはじめた。ヒスイも同じようにステータス画面を開いて、大きく目を見開いている。

 なんだろう、嫌な予感がする。

「……ステータスオープン」
 篤紫も同じ文句を唱えると、何もなかった空中に画面が浮かび上がった。

 いわゆるこの世界は、ゲーム仕様……なのか?